試験合格者や現場の設計者たちが語る本音には、資格スクールの美辞麗句とは異なる壮絶なリアリティが渦巻いています。建築業界に特化したSNS上の告白や、大手掲示板、Q&Aサイトに蓄積された生の声、さらに専門誌の覆面座談会からは、資格に人生を翻弄される設計技術者の苦悩が浮かび上がります。
都内の中堅組織設計事務所に勤務する30代男性の一級建築士は、自らの手記で次のように振り返っています。
「20代の3年間、プライベートのすべてを資格予備校に捧げました。学科試験の勉強期間は平日3時間、休日は10時間机にかじりつき、製図の直前期は肩が麻痺して痛み止めを飲みながら作図版に向かい続けました。学費だけで車が1台買える金額(約250万円)が消えました。合格した瞬間、これでようやく『建築設計のスタートラインに立てた』と安堵の涙が出ましたが、もし落ち続けていたら精神が完全に崩壊していたと思います」
この言葉が象徴するように、一級建築士の取得プロセスは単なる学力測定ではなく、長時間の激務と膨大なストレスに耐えうるかという「業界への服従と耐性の通過儀礼」として機能してしまっている側面を否定できません。
一方で、地方の工務店で20年以上家づくりを手掛ける50代の二級建築士男性は、ネット上の「一級至上主義」に対して冷ややかな視線を送ります。
「ネットの掲示板では『二級建築士は所詮足軽』『二級しか持っていない設計者は信用できない』といった無責任な書き込みが散見されます。しかし、地域の木造注文住宅や古民家リノベーションの世界では、施主が求めているのは巨大ビルの構造力学ではなく、家族の暮らしに寄り添う生活動線の提案力や現場棟梁との折衝力です。二級の業務範囲で建てられない住宅などほぼ存在しません。一級の肩書に何百万円も投資するより、木材の乾燥度やパッシブデザインの勉強に投資した方が顧客に喜ばれます」
このように、現場のリアルな評価は「どの土俵で飯を食うか」によって180度異なる分断を見せています。