「相撲取りは毎日美味いものを食べて、給料が高くて金持ちだ」という世間のイメージには、看過できない大きな誤解と死角が存在します。プロスポーツとしての華やかな表面だけを見ていると、力士が抱える独特の金銭的負担と支出構造を見誤ることになります。
第一の盲点は、「経費負担の重さ」です。十両以上の関取になると、巡業や本場所での身の回りの世話をしてもらうため、同じ部屋の幕下以下の弟弟子を「付け人」として従えます。この付け人に対する小遣いや食事代の負担は、すべて関取個人のポケットマネーから支払われます。本場所中の移動費や飲み代、後援会関係者との交際費、さらには自身の体を維持するための莫大な食費やサプリメント代、医療費など、上位にいればいるほど出ていく現金も膨大になります。
第二の盲点は、「税金と国民年金・保険」の重圧です。力士は日本相撲協会の専属契約者という特殊な立場であり、個人事業主としての性質を強く持ちます。年収3,000万円を超えれば所得税・住民税の累進課税は最高水準に達し、手取り額は額面から大幅に圧縮されます。十両に上がったばかりの力士が「翌年の住民税通知を見て青ざめた」というエピソードは、相撲部屋の現場では日常茶飯事です。
そして最大の現実は、大相撲に所属する約600名近い力士のうち、給料をもらえる関取(十両以上)の枠はわずか「70名」程度(幕内42名+十両28名)しか存在しないという統計的事実です。力士全体の約9割を占める幕下以下の力士たちは、実質的に無給の極貧生活に耐えながら、わずか1割の関取枠を奪い合っているのが相撲界の実態です。
【プロの結論】大相撲の世界で生き残れる人材と挫折する人間の決定的な違い
伝統的な封建制と苛烈な成果主義が同居する大相撲界において、経済的な成功を収められる人材と、心身をすり減らして去っていく人間には明確な境界線が存在します。
相撲界に向いているのは、「徹底的な自己客観視と、閉鎖的な徒弟環境を成長の機会と捉えられる高い精神的自立心を持った人物」です。個人のプライベートがほぼ存在しない大部屋生活や理不尽とも思える雑務の中でも、他責にせず、自己の技術向上と肉体改造だけに執着できる力士だけが関取への扉をこじ開けます。
一方で、「現代的な個人の自由やプライベートの尊重を最優先したい人物」や、「年功序列的な安定を求める人物」にとって、この世界は耐え難い苦痛の連続となります。勝てば数千万円、負ければ無給の付き人生活という極限のプレッシャーに耐えうるメンタルタフネスと、身体的な強靭さを併せ持たない限り、相撲界の富と名声を手に入れることは不可能です。