輝かしい栄光の一方で、当時のマスメディアは彼女を親しみを込めて「エベレスト・ママさん」と呼びました。2人の子どもを育てる母親であり、家庭の台所を守る主婦でもあった田部井さんは、過度に神格化されることを好まず、常に自然体で日々の暮らしと登山を両立させていました。
この親しみやすい人柄と確かな実績は、日本の登山・アウトドア産業の発展にも計り知れない影響を与えました。それまで過酷で無骨な男性向けギアが中心だった市場に、女性向けのウェアや機能性装備の需要を拓き、中高年層や女性が自然に親しむトレッキング文化の礎を築いたのです。
さらに晩年は、ヒマラヤのゴミ問題や富士山の自然破壊に心を痛め、山岳環境保護を訴えるクリーンアップ運動を主導。山を消費する対象としてではなく、後世に残すべき尊い自然遺産として守る姿勢を貫きました。