1979年10月20日、大阪厚生年金会館のリサイタルにおいて、山口百恵は「私が好きな人は、三浦友和さんです」と公の場で交際宣言を行いました。そして翌1980年3月7日、三浦友和との婚約発表とともに芸能界からの完全引退を公表し、日本中に激震が走ります。当時、彼女は弱冠21歳8ヶ月。現代の感覚であれば、大学を卒業して社会人としてのキャリアを踏み出す年齢に過ぎません。
表層的な報道では「結婚による寿引退」と単純化されがちですが、その深層にあったのはもっと切実な人間性の回復でした。引退直後の1980年12月に出版され、300万部を超える大ベストセラーとなった自叙伝『蒼い時』(集英社)の中で、彼女は自身の心情を赤裸々に綴っています。
「私は、彼のためにすべてを投げ出すのではない。自分の意志で、自分の人生を選び直すのだ」――その言葉通り、彼女にとって引退とはキャリアの挫折や自己犠牲ではなく、芸能界という巨大な虚飾のシステムから抜け出し、ひとりの生活者として主体性を取り戻すための積極的選択でした。幼少期からの過酷な家庭環境や、過熱するマスコミ報道に晒され続けた少女が、心から信頼できる伴侶と出会い、「家庭」という確固たる居場所を築くことを何よりも優先した決断だったのです。