江戸時代、幕府による厳しい風紀取り締まり(享保の改革や寛政の改革など)が行われていたにもかかわらず、春画の制作と消費は決して衰えませんでした。これほどまでに人々を熱狂させた背景には、単なる性的嗜好を超えた3つの明確な理由が存在します。
第1に、「嫁入り道具と性教育」としての役割です。当時は体系的な性教育が存在しなかったため、良家の娘が嫁ぐ際、母から娘へ性知識を伝える手引書として豪華な春画巻物が持たされました。大奥の女性たちから町人の娘に至るまで、初夜の不安を和らげ、夫婦の営みを円滑にするための不可欠な実用品として機能していたのです。
第2に、「厄除け・火除け・武運長久の護符」という呪術的な信仰です。強い生命力の象徴である性エネルギーは災いを祓うと考えられ、武士は陣中での無事を祈って鎧櫃(よろいびつ)に春画を忍ばせ、町人や商家は火災除けのお守りとして土蔵に春画を収めました。「春画のある家は火事にならない」という俗信は、江戸の街に広く定着していた事実です。
第3に、「検閲の目をかいくぐった至高のエンターテインメント」であった点です。幕府の厳しい出版統制下において、春画は無許可出版(非合法の地下出版)の形態をとることが多く、皮肉にもそのおかげで絵師や版元は検閲を気にせず、最高級の和紙や高価な顔料、贅を尽くした彫り・摺りの技法を惜しみなく注ぎ込むことができました。結果として、通常の浮世絵をはるかに凌駕する超絶技巧の芸術作品が誕生したのです。