須田哲夫アナのキャリアを振り返ると、その守備範囲の広さと時代に応じた柔軟な対応力に驚かされます。慶應義塾大学法学部を卒業後、1971年にフジテレビへ入社。同期のアナウンサーたちとともに、黎明期から発展期へと向かう民放テレビ界に飛び込みました。
須田アナの若い頃を語る上で欠かせないのが、子ども向け長寿番組『ママとあそぼう!ピンポンパン』です。1975年から1978年にかけて「3代目お兄さん」を務め、爽やかな笑顔と親しみやすい人柄で一躍お茶の間の人気者となりました。報道番組で見せる重厚なイメージとは異なり、子どもたちや番組内ユニット「ビッグ・マンモス」と歌い踊る姿は、当時の視聴者に鮮烈な印象を残しました。
その後、須田アナの才能は情報・報道分野で本格的に開花します。1980年代から1990年代にかけては、朝の情報番組『おはよう!ナイスデイ』の司会として事件・事故から芸能ニュースまでを軽妙かつ的確に捌き、フジテレビの朝の顔として定着しました。そして1998年4月からは、夕方の大型ニュース番組『FNNスーパーニュース』のメインキャスターに就任。安藤優子キャスターとの名コンビで知られ、緊迫する国際情勢から生活に密着した特集まで、視聴者が最も知りたい情報を安定感抜群の声で届け続けました。