カルロス・ゴーンのアイデンティティを理解する上で欠かせないのが、「ブラジル生まれ、レバノン育ち、フランスの高等教育」という3つの拠点を跨ぐ生い立ちです。彼の出自は、単一の国家や文化の枠組み組みには収まりません。
ゴーンは1954年3月9日、ブラジル中西部ロンドニア州の州都ポルト・ヴェーリョで誕生しました。アマゾン熱帯雨林の奥地に位置するこの街は、当時ゴム産業やインフラ開発で活況を呈していました。ゴーンの祖父であるビシャラ・ゴーンは、オスマン帝国末期の混乱期だった1900年代初頭にレバノンからブラジルへ単身移住したパイオニアであり、ゴム取引や航空関連事業で財を成した人物です。父親のジョルジュ・ゴーンもブラジルで事業を営む実業家でした。
しかし、幼少期のゴーンは生後まもなく不衛生な飲み水が原因で重い感染症にかかり、生命の危機に瀕します。医師からの「環境を変えなければ命が危ない」という強い勧告を受け、母のレイダはゴーンが6歳のときに祖国レバノンの首都ベイルートへと一家で移住することを決断しました。
中東のパリと称された当時のベイルートで、ゴーンはキリスト教マロン派の厳格な名門校「コレージュ・ノートルダム・ド・ジャムフール」に入学。イエズス会による徹底した論理的思考教育と規律を叩き込まれ、学内でも常にトップクラスの成績を収める秀才として育ちました。