音楽ライターや批評家の間で絶えず議論されるのが、マカロニえんぴつの楽曲が持つ「圧倒的な当事者性」だ。とりわけ『ブルーベリー・ナイツ』は、ドラマチックな奇跡や都合の良いハッピーエンドを描かない。どこにでもあるワンルームの狭い部屋、少し冷めてしまった飲み物、既読がつかないメッセージ画面といった、誰の日常にも転がっている断片を緻密に拾い上げる。
完璧な絶望でもなければ、前向きな希望でもない。中途半端な期待と、すでに諦めている自分が同居するあの気だるい感覚。その「割り切れなさ」をそのまま音とメロディに載せた手腕こそが、時代が移り変わっても若者のプレイリストの特等席を占め続ける大きな理由だろう。