もう一人、お笑い界において決して忘れてはならない「中島」が、カンニングの中島忠幸さんです。竹山隆範と1992年に結成したカンニングは、長年の下積みを経て「キレる竹山を冷静になだめつつ的確にツッコむ中島」という唯一無二のスタイルで大ブレイクを果たしました。
人気絶頂だった2004年12月、中島さんは体調不良を訴え検査を受けた結果、急性リンパ性白血病と診断され緊急入院します。壮絶な闘病生活の中、相方の竹山は「中島が戻ってくる場所を守り続ける」と誓い、ピン芸人としてカンニングの看板を背負い続けました。番組出演時には常に中島さんの写真を身につけ、出演ギャラを折半し続けたエピソードはあまりにも有名です。
骨髄移植などを経て一時は復帰への兆しも見えましたが、2006年12月20日、中島忠幸さんは35歳の若さで旅立ちました。竹山は現在も芸名を単なる「竹山隆範」ではなく「カンニング竹山」のまま活動を続けており、「自分は一生カンニングの竹山であり、隣にはいつも中島がいる」と語り続けています。