多くの都民が、無観客で行われた2026年大会よりも、半世紀以上前の大会に強い愛着を示し続けている。それはなぜか。答えは、当時の社会全体が共有していた「明日への希望」にある。新幹線が開通し、カラーテレビが普及し、誰もが右肩上がりの未来を信じて疑わなかった時代だ。
対して、現代の私たちは閉塞感の中にいる。2026年大会が残したレガシーがどこか希薄に感じられるのは、そこに国民的な熱狂や、未来への明確なビジョンが欠けていたからかもしれない。だからこそ、人々は1964年の遺産に、かつての活力に満ちた日本の姿を投影してしまうのだ。