彼女の競技人生におけるハイライトは、なんといっても1964年東京オリンピックでの金メダル獲得です。当時「東洋の魔女」と呼ばれ世界を震撼させたニチボー貝塚の主力メンバーを中心に構成された日本女子代表において、彼女は主将兼正セッターという重責を担っていました。
1960年の世界選手権で銀メダル、1962年の世界選手権(モスクワ大会)では完全アウェーの中でソ連を破り世界一に輝きます。そして迎えた1964年、自国開催となった東京五輪の決勝戦では宿敵ソ連をストレートで破り、日本中を歓喜の渦に巻き込みました。大松監督の過酷な回転レシーブの猛特訓を受け止め、チームメイトを鼓舞し続けた主将としての統率力は、まさにカリスマそのものでした。
過酷な練習の末に掴み取ったこの金メダルは、戦後日本の復興と自信の象徴となり、彼女の名は日本女子スポーツ界の英雄として歴史に深く刻まれることとなったのです。