堀江貴文氏が刑事責任を問われる発端となったのは、2006年1月23日に東京地検特捜部によって行われた強制捜査と電撃逮捕でした。世間を震撼させた「ライブドア事件」において、検察側が適用した罪名は証券取引法違反(現:金融商品取引法違反)です。主な容疑は、関連会社の買収を巡る「風説の流布および偽計」と、粉飾決算による「有価証券報告書の虚偽記載」の2点に集約されます。
公判において堀江氏は「粉飾の認識はなく、会計処理は専門家に一任していた」として一貫して無罪を主張しました。しかし、最高裁判所は2011年に上告を棄却し、懲役2年6ヶ月の実刑判決が確定することとなりました。経済事件において初犯でありながら実刑が下された背景には、市場の公正性を揺るがした社会的影響の大きさに加え、旧来型の日本的金融秩序と新興ITベンチャーとの間に横たわる構造的な対立が存在したと当時の司法関係者は分析しています。