上田晋也と相方・有田哲平の出会いは、済々黌高校のラグビー部でした。上田がバックス(スタンドオフ/フルバック)、有田がフォワード(ロック)として汗を流すなかで、ふたりは急速に距離を縮めていきます。当時のラグビー部は練習の厳しさで知られていましたが、部室はふたりにとって「毎日が新作コントの発表会」のような実験場でした。
上田が自著や過去の特番インタビューで述懐しているように、練習終わりの部室では、ふたりが延々と周囲の部員や顧問のモノマネ、即興の掛け合いを繰り広げ、笑いの渦に巻き込んでいました。当時から上田の鋭いツッコミと有田の独特なボケは完成度が高く、先輩や同級生からも「プロの芸人になれるのではないか」と一目置かれる存在だったと証言されています。
合宿中の厳しいシチュエーションでも、互いに目配せひとつで笑いに変えて乗り切るなど、青春時代の苦楽を共にした経験が、現在の阿吽の呼吸の土台となりました。上田は後年、「高校時代に有田と出会っていなければ、間違いなく今の自分は存在していない」と語っており、多感な高校3年間がコンビの宿命を決定づけたことは明白です。