古賀稔彦という柔道家の名を語る上で、決して外すことができないのが1992年バルセロナ五輪での奇跡の金メダル獲得劇です。この大会で起きたドラマは、日本スポーツ史上屈指の伝説として今なお語り継がれています。
71kg級の大本命として現地入りしていた古賀氏を悲劇が襲ったのは、試合のわずか10日前の乱取り稽古でした。盟友・吉田秀彦氏との練習中に左膝の側副靭帯を損傷。歩行すら困難な激痛に襲われ、一時は出場辞退も囁かれる絶望的な状況に追い込まれました。
しかし、古賀氏は決して諦めませんでした。痛み止めの注射を打ち、足を引きずりながら畳に上がった古賀氏は、本来の軸足が使えないという致命的なハンディキャップを、天性の感覚と技術の応用でカバーしてみせたのです。代名詞である一本背負いの踏み込み方を右足主導へと瞬時にアジャストし、決勝戦ではハンガリーのハイトシュ選手を判定で破り、見事に世界の頂点へ立ちました。
畳の上で見せた歓喜の雄叫びと、表彰台で見せた安堵の涙は、極限状態を乗り越えた者だけが放つ圧倒的な輝きを放っていました。